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現在絶賛ツアー中の『月とスイートスポット』。京都公演終了後、作・演出の上田誠に、実際に完成した作品を踏まえてのインタビューを行った。上田自身「すごく珍しい劇ができた」と言い切るその舞台について、未見の観客の期待をかき立てるためのプレビューバージョン&観劇後に物語世界の理解を深めるためのネタバレバージョンの両面から語った、渾身のロングインタビューです。

 

 

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■企画性から劇性にたどり着く方が、珍しい劇が作れる

 

──まず今回「漂流」をテーマにしようと思った理由は?
  これは完全に、舞台の機構ありきだったんです。まず今回の舞台美術の仕掛けが浮かんで、これならどういう話が作れるかな? っていう所からの逆算でした。ただ最終的には、あまり漂流っぽくはならなかったんですよね。漂流というより、時空コメディ(笑)。
──確かに今回の舞台美術は「おお!」っていう程の大仕掛だったわけですが、物語があってあの美術ができたのではなく、美術のアイディアが先にあったわけですか?
  以前は、その時々の社会の情勢や有り様などの、テーマとかムードみたいな所から劇性を考えていたんですけど、次第に企画性…「今回はこういうネタで、1本の芝居をやります」ってことをまず考えて、そこから劇性にたどり着くっていう方が、珍しい劇が作れるということがわかってきて。そういう「企画性ありきで行く」というシリーズを、前回の『ロベルトの操縦』でやり始めたわけです。
──確かにあの舞台は物語うんぬんというよりも、登場人物たちと一緒に観客たちも移動してるという感覚を、あの手この手で体感させることに重きを置いていた気がします
  そうですね。で、『ロベルト』では移動の快感みたいなことを書いたんで、今回は「進まないこと」をやってみようと思ったんです。その場所に居続けるというか、過去に寄り添うことの陶酔感を出してみようと。あと舞台の機構やシステムによって、前とは全然真逆の話が、同じ劇団でもできるんだということも、やりたかったことの一つです。
──実際今回はコメディでありながらも、停滞感やウェットさもあり、『ロベルト』とは対照的な物語でした。でもなぜあの舞台機構から、ヤクザ物にしようと思われたのですか?
  もともとその企画性とは別に、以前からチンピラの話が書きたかったんです。追い詰められたチンピラたちが、夜の街の片隅に集まって、どっかに抜けていく…という話。それがたまたま、この企画性と組み合わせた時に「あー、これ行ける!」ってなったんです。だから今回の話をかいつまんで言うと、ボロボロになったチンピラたちが、夜の街の片隅で、ひと時懐かしい過去に寄り添うみたいな話。それをある企画性を使って、その「懐かしい過去」を実際に作り出す…という感じです。
──あのヨーロッパ企画のメンバーたちが、ヤクザを演じるだなんて想像つかないという人は、未だに多いと思いますが
  それもなかなか、今までヤクザ物ができなかった理由なんです。ヤクザの人たちって、僕らからしたら本当に、遠い存在の人たちですからね。そういう人たちを、自信を持って演じきるには、どこに立脚点を置けばいいのか? と。それで最初に、僕らができることとできないことを選り分けていきました。怪我をして、壁にもたれ掛かってるたたずまいなら表現できるとか、暴力シーンはやっぱり無理だから舞台の外でやっておこうとか(笑)。
──まさにその通りでしたね(笑)
  とはいえ「ただ壁にもたれてる」ってところから劇性を作るのって、そこから何も事件を起こせないんで、普通なら難しいんですよ。でも今回の趣向を使えば、いろんなことが起こせるなあと。劇の芯になる企画性は見つかったから、もう演技に関しては、TVや映画で観るヤクザの芝居をなぞったようなものにしようと、開き直ることができました(笑)。
──とはいえ、肝心の大きな事件は描かずに、その周辺にある他愛のない出来事ばかりを見せるというのは、実はヨーロッパ企画の常套手段だったりしますよね。そこにストーリーテラーとしての、腕の見せどころがあったりするんですか?
  大きな社会の流れや、事件の中心にはいない人たちを見せたいというのは、毎回やりたいことですね。でもそれって、小さい劇場だとめっちゃやりやすいんですけど、大劇場では意外と難しいんです。本来は、祝祭の坩堝(るつぼ)みたいな空間を作るのに適した場所だから、ちょっと矛盾してるんですよね。そんな場所を、寂しい世界の端っこという印象にするには、舞台の外ではさらに大きな事件や祭が起こってるのに、その熱はここまで届かない…という風にしつらえないといけない。その事件や祭をどのように設定し、それをいかに舞台上で直接見せずに、お客さんに感じさせるのかが、結構大事なことなんです。

 

■ヤクザの話だったから、普段は出せない人情が出せた

 

──今回の配役は、割と見た目で決めたという風にうかがいましたが
  誰をチンピラ役にするかというのを、エチュードでいろいろハメてみたんですけど…まず土佐さんがね、お腹を刺されてる状態が似合ってたんですよ。そうすると他のメンバーも、それぞれ「似合う怪我」があるのがわかって。それで、どの部位をヤラれてるのが一番ハマるのか? というのが、今回のチンピラ役の配役の決め手となりました。
──怪我で配役をするとか、斬新すぎますね(笑)
  本当に、どこで取っ掛かりが見つかるかわかりませんね(笑)。要は体のどこに負荷がかかっている状態が、一番見ていて情けないのか、ってことです。でもこれって、やっぱりそれぞれの部位を入れ変えたら、多分しっくりこないんですよ。何なんでしょうね? もう理屈じゃ説明できない部分。
──では、それ以外の無傷のキャストはどうやって決めたんですか?
  本当はその場にいたいのに、時間の流れにさらわれて、やる方なく漂流してしまう…という世界の中で、どういう所にたどり着くのが、一番その人らしいかな? という観点で決めて行きました。たとえば望月さんならこういう結末に、たどり着きたくなくてもたどり着くんだろうな、という感じで。
──その望月さんの役は、かなりのハマり役でしたね
  今回音楽を使わせてもらっている「moools」さんの歌詞に、よく「行ってしまう女の人」ってモチーフが出てくるんですね。自分はまだここにいるのに、それを置いてどこかに行ってしまうというような女性。望月さんには最初から、そんなキャラをやってもらおうと思ってました。あと、人を怒り散らすのに、とてもいい声をしてるんですよね。ヒステリックにならないし、聞いててイヤじゃないから、怒ってもらうキャラにしました。
──もう一人の客演の加藤さんはいかがでしたか?
  啓さんも、ある部位を怪我してるのがすごく似あうので(笑)、チンピラ役にしたんですけど、啓さんと誰を組み合わせるかで、結構悩んだんですよ。啓さんはやっぱり、ヨーロッパの人たちとは違う文法で動ける…自分の思惑で動いて、グングン周りを巻き込んで進めていく、っていうことができる人なんで。
──サッカーでたとえたら、ヨーロッパの役者は完全に周りを見ながらチームプレイをするというイメージですが、加藤さんはたとえば単独ドリブルで一点突破するような感じ?
  そうそうそう。でも諏訪さんが組むと、啓さんがちょっとヨレるというか、いい感じで拮抗していたんです。このコンビでバトると、かなりいろんな表情が出るなと。
──確かにあの2人のやり取りは笑いどころとして重要でしたが、それは脚本で当てはめたというより、エチュードに合わせて書いたという感じだったんですか?
  物語上必要な役どころに、役者に合わせてもらうというやり方もあるんですけど、逆に脚本とは独立したところで、この役者さんとこの役者さんの丁々発止が観たいとかってあるじゃないですか? だから結果的には、この2人をうまくコンビにする本にしました。
──今回のラストは、最近のヨーロッパには珍しく、何とも叙情的な余韻が残るシーンになりましたが、あのシーンはいつ頃浮かんだんですか?
  それが、稽古の初日だったんですよね。以前から「こういう場面をやりたいなあ」と思っていて、それを試しに初日にやってみたら、めちゃくちゃハマったんです。だったらこれをラストに持ってくりゃあ、すべて丸く収まるだろうなって。
──じゃあ後は、ここに向けて話を進めればいいやと
  そうですね。ただ着地点よりも、クライマックスをどうやって盛り上げていくかっていうのが、実は大事なことなんです。「ワー!」と盛り上がって、ストンと着地する所が見つかれば、劇って終われるなあと思ってて。だからラストに行き着く前に、どれだけクライマックスの温度を上げられるか? ってことばっかり考えてます。
──今回なら酒井君が出て来て以降が、そのピークですか?
  あの部分ですね。あそこからの伸び足は、いい具合に伸びたと思っています。
──その辺のとっ散らかりは「ヨーロッパならでは」って感じでしたね。でも今回は、全体的にはいつもよりストーリー性が強かった上に、あのラストですから、最近の作品の中では、ちょっと異質な感じがしました
  確かに、ヤクザの話というのにかまけて、普段はあまり出さない人情が出ましたよね(笑)。いつもその辺りは、どうも恥ずかしくて避けてるんですけど「ヤクザ物をやる」って決めた時点で、どうしても悲哀というか、ドラマ性は強くなるだろうなあと。ただまあ掛け算としてSFという要素があるから、それはちゃんとやった方がいいかなと思いました。
──だけど個人的には、「企画性」を重視する今の路線と、昔の…いわゆる普通のコメディらしいことをしていた時代のヨーロッパのいい所が融合したような、非常に見応えのある舞台になったと思います
  今回はたまたま物語性の方に寄っていきましたけど、やはりあの舞台構造という企画性ありきで作っていったから、珍しい劇ができたんだと思います。「そんなこと視覚化しなくてもいいだろう」ということを、とても律儀に視覚化したらこうなった、という(笑)。誰もが頭では思い浮かべたことがある風景だけど、それを実際に生で見る機会なんて、めったにないでしょうね。そんな「見たことのない風景」を、観に来てもらえたら嬉しいです。

 

【質問:今、一番漂流したい所はどこですか?】
古本屋さん。古本屋に行ったら、思いがけずいい本が見つかったりするんですよ。「こんなジャンル知らんかった」とか「こんな本あんねや」とかの発見がありますから。だから1回、京都大学周辺の古本屋さんを、ゆっくり回ってみたいです。

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<インタビュー:吉永美和子>