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《注意!》以下のインタビューは、ヨーロッパ企画『月とスイートスポット』のネタバレを、多分に含んでいます。必ず観劇後にお読みくださいますよう、よろしくお願い申しあげます。  ネタバレなし版はこちら

 

現在絶賛ツアー中の『月とスイートスポット』。京都公演終了後、作・演出の上田誠に、実際に完成した作品を踏まえてのインタビューを行った。上田自身「すごく珍しい劇ができた」と言い切るその舞台について、未見の観客の期待をかき立てるためのプレビューバージョン&観劇後に物語世界の理解を深めるためのネタバレバージョンの両面から語った、渾身のロングインタビューです。

 

ネタバレなし版はこちら

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

■お客さんの意識や、目線の流ればかりを考えている

 

──過去の風景が次々に実体として現れるという、文字通り「入れ子」だった舞台美術が本当に効果的でしたが、あの仕掛けの発想はどこから来たんですか?
  「あの時、あんなことさえしてなければ」と思った時に、夜の街に突然“あの時”が出てくるという舞台を、もともとやりたかったんです。抗えない時の流れにザーッと流されている時に、そこから一時だけ逃れて、壁を背にしてとどまっている…いわば時間の流れの淀みのような所にいる状態の時に、突然後ろの壁が破れて、奥から“あの時”が本当にせり出してきたら面白いなあと思ったんです。
──最初は現代のビル街の壁、次に10年前の高架下、最後にさらに10年前の校舎裏という、あの舞台設定にした理由は何ですか?
  まず、裏の世界…表の世界があって、その裏側にある空間が連綿と続いているという絵が作りたかったんです。さらに、舞台奥から客席に向かって時間が流れているというのを、視覚化したかった。だから奥に行けば行くほど、懐かしさがあるんですよね。その空間をどうやって作るのかと考えている時に、あの三段構えの構造がひらめきました。
──確かに奥に行けば行くほど、懐かしさが増して行く雰囲気がありましたね
  そうですね。30代→20代→10代って。さらに前から順番に季節は冬→秋→夏で、時間帯も夜→夕方→真昼なんです。
──「あの頃はイキイキしてて良かったなあ。懐かしいなあ」というグラデーションが、その3つの要素でできているという
  そうなんです。だから手前に来るほど寂しくて、植物などの有機物もなくなっていく。その「懐かしさ」を出すには、美術や照明、音響にかなりの部分を背負ってもらいました。
──実際、高架下を照らす夕暮れの光とか、学校のチャイムの音に、それだけで意味もなくノスタルジーを掻き立てられました
  そうそう。そういうスタッフワークだけで、懐かしい感じが十分伝わるのなら「わー、懐かしいな〜」と、わざわざ台詞にして言う必要がなくなるんですよね。最終的には台詞で補完するけど、なるべく言葉を使わずして、どれだけお客さんに伝えられるかっていうのが、僕の劇には結構あります。
──さらにその過去の流れに加えて、タイムパトロールという未来からの介入がポーンと横から入ってくるという構図にビックリしました
  あれは、奥からさらなる大過去が出てくる前に、いったん目くらましをそっち(側面)に出しておきたかったんです。未来が文字通り横入りしてくることで、意外性が強くなると思って。10代の風景が出てきた後で、(タイムパトロールの)酒井君が出てきても、そんなにインパクトはなかったと思います。
──確かに未来に話が飛んだことで、もう漂流はここで終了みたいな油断がどこかにあったから「わ、まだあるの? しかもこの期に及んで新キャラ?!」って驚きは大きかったです
  ですよね。今お客さんは舞台のここに意識が行ってるから、次にどこから仕掛けるのが、一番虚を突かれる感じになるかなあ、とか…僕、そんなのばっかり考えてるんですよ。台詞をどうするかとかよりも、お客さんの意識とか、目線の流れがどうなっているかの方が重要。多分それって、ゲームの発想に近いんですよね。もう戯曲じゃないかもしれない(笑)。
──その大過去から出てきた村田君が、この話のすべてがクスリによる幻覚ではなかったことを象徴するアイスクリームを残していくという流れが、またお見事でした
  あれは上手いこと行きましたね。村田君の足蹠(そくせき)をどう残すかは、大事な所だったんで。村田君がムーンシティの設立につながる、ある発見をしたというニュースを流すということも考えたんですが、まあアイスを残しておけば、それでいいかなと思って。
──その村田君も含めて、各キャラクターには裏設定みたいなのはあったんですか?
  今回難しかったのは、もともとの時間の流れが「スイートスポット」ってクスリのせいでグシャグシャになるって話をする時に、その“時間の流れ”を、お客さんに一瞬でつかんでもらわなきゃならないってことだったんです。学校の校舎裏に溜まってた不良たちが、そのまんま「スピードスター」っていうチームに流れて、その後ヤクザに流れていく…という設定を、わざわざ説明しなくても、わかってもらわないといけなかった。今回久々に登場人物に名前を付けたのも、その辺りに理由があったかもしれません。たとえば相手を「さん」付で呼ぶか、下の名前で呼ぶかだけでも、人間関係は何となく伝わりますからね。
──たとえば諏訪さん演じるソエジマと、加藤さん演じるタチバナの関係性も、諏訪さんが「タチバナさん」と呼んでたから、すぐに「ああ、弟分だな」ってわかりましたね
  そうそう。それとか、諏訪さんが加藤さんを見捨てて将来的にハワイに行くという流れも「ハワイに行く」という一言だけで、あんまり詳細説明しなくても、何かすごい説得力があるじゃないですか?
──同じ成功者になるとしても「組の幹部になってる」レベルでは、ヤクザ映画に詳しいお客さんは「システム的におかしいのでは?」って思うかもしれないですよね
  そういうのが出てくると思うんですよ。でもハワイぐらい飛躍したら、細かい説明をしなくてもムードで通っちゃう。同じように「ムーンシティ」も、その一言で何かを想起させられますし。ただそうやって、一言でボーンと広がったり、瞬時に理解できる世界もあれば、説明しても説明しても伝わらへんこともある。それはいつも、難しいところですね。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

■企画性次第で、「やれない」と思うこともできる

 

──2700年には地球がスラム化していて、人々は宇宙に向かっているという設定は、もしかして『Windows5000』と世界観が重なっているのかな? と穿ってみたんですが
  あー…でも何で『月とスイートスポット』ってタイトルにしたかというと、月に向かって世の中が動いている中で、そのラインから外れた奴らがスイートスポットにとどまってるっていうことがやりたかったんです…後から思いついたんですけど(笑)。表側では歴史が動いているけれど、裏側ではそれに一切関与できないはみ出し者たちの、こういう生き様があるってことを描きたかったんで、ムーンシティというのを対比として出したんです。
──それが表のラインであり、お祭というわけですね?
  そうそう。あと月って、選民感があるんですよね。地球が荒廃する中で、生き残ったエリートたちが、そっちにユートピアを作ったっていう。そのイメージに、観ているお客さんも巻き込みたかったんです。
──巻き込む、というと?
  つまり観ているお客さんも、将来的には月に行ってないんじゃないか、という。もしこれが「地球は将来クリーンになって、ヤクザなんて人種はいなくなってる」って言うと、お客さんは多分クリーンな方…つまり酒井側に巻き込まれるじゃないですか? そうじゃなくて「地球はスラム化して、選ばれた人たちだけが月に住んでいる」だったら、お客さんも何となく、地球に残された側に感情移入するんじゃないかな、みたいな。
──あー、確かに確かに。酒井さんの説明を聞いてるうちに、何かムカついてました(笑)
  そうなんです。お客さんに、よりこっちの立場になってもらうために…はみ出し者気分を味わってもらうためにね。多分酒井側に感情移入する人は、いないと思います(笑)。
──ところでヤクザたちが最後に食べるのは、なぜアイスクリームだったんですか?
  何でしょう…「ここから進むべき道はもう残ってないけど、でも進まなきゃ」って時に、進まずにやることって何だろう? って思った時に、普通なら煙草でも吸うんでしょうけど、アイスを食べるっていうのは、演劇としては面白いんじゃないかなあと考えたんです。あれは1本の短編にできるぐらい盤石な場面だし、いいシーン見つけたなあと思ってます。
──中川さんが「これを食べたら行くぞ」って言いますけど、あれは本当に行くんですか?
  食べ終わってないですからね(笑)。実はそれも、いろいろ考えたんです。夜は明けた方がいいのかなあ、とか。でもあそこでは、言い争いが果てしなく続く感じで終わった方が…壁にもたれたまま、アイスを食べ続けるというのが、大事なことのような気がします。
──この『月とスイートスポット』を上演したことで、次の可能性の扉が開かれたとか、そういう感触はありますか?
  最初はこのメンバーでヤクザ物を、しかもこんな詩的なタイトルで書けるのか? と思っていたんですけど、やったら結構できたんで。やっぱり「空間がせり出してくる」という企画というか、趣向の部分をちゃんとやっておけば、意外と思い切った設定もできるんだなと。だから「無理だ」と思える設定も、そこに踏み切るための縁(よすが)さえ見つければ、何とか演じられるんですよね。だから今後、本当にいろいろな世界がやれそうです。
──次は何コメディにするかは決めてるんですか?
  でもホンマにね、「文房具コメディ」はずっとやりたいんですよ(笑)。でも演劇でそれをやるには、その文房具がちゃんと後ろのお客さんにまで見えるようにしないと、何ともならないんで。もしかしたら、TVドラマの方が向いてるんかもしれないけどね。でも何か演劇で、いい拡大の仕方を思いついたら、すぐに文房具コメディは上演するつもりです。

 

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<インタビュー:吉永美和子>