──今回はタイトルの時点で、まず秀逸でしたね。
そうですね。振り抜いたタイトルなので、振り抜いた劇…「どコメディ」になればいいな、とは思ってました。そもそもは、劇の仕掛けを考えていて「舞台上で大きなゲートが開く瞬間」って観ちゃうなあ、って思っていて、そのシーンばかりをつないだ劇ができないかと考えていたんですよ。だから「ゲートコメディ」はかなり前からやりたかったんですけど、ゲートを持続させるためのアイディアが今まで出てこなかったんです。
──それが今回、物理的に実現できるアイディアが出てきたと。
『ビルのゲーツ』というタイトルに導かれるように、ビルを登っても登ってもゲートがあるという状況を、上手く表現できる仕掛けを思いついたので。これだけでもう「ハイ、できあがり」という感じでした(笑)。
──実際作品の枠組みができるのは、すごく早かったそうですね。
僕は結構、作品ごとに軸になるテーマのことを調べて、身体に落とし込んでから劇を書くんですよ。そうは見えないかもしれないですけど(笑)。『(建てましにつぐ建てまし)ポルカ』なら、中世のことを調べて、古めかしい言葉が自然に出てくるような身体作りから始めてました。それで『ビルのゲーツ』だったら、シリコンバレー的な、プログラム的な世界観だなあと。でもその世界のことには前から興味があって、すでにもう日常的にいろいろ調べたり、アンテナを張ったりしていたんですよ。なのでもともと蓄積があった。それに加えて、あの仕掛けを思いついたのも天から降ってきたような感じで、本当に神様が、製作期間を20日間ぐらい短縮してくれたかと(笑)。だからフロアごとの面白味を詰めていくことに、じっくりと時間が使えました。でもその分「果たしてこれでいいのか?」という邪念も出てきたりして、それを振り払うのが大変でしたけどね。
──今回の客演のセレクトには、どういう狙いがありましたか?
ここ何作かは、僕らとはちょっと異物感があって、新たな化学変化を起こしてもらえそうな人を招いてたんです。でも今回は、役者のパートとスタッフワークのパートがない交ぜになって成り立つような劇になるだろうな、というのがあって。だから僕らの作り方に染まって、ヨーロッパ企画らしさをより拡大してくれそうな4人をお招きしました。結果的に、ここ最近の中でも、かなり僕ららしい…「ザ・ヨーロッパ企画」みたいな劇になったと思います。
──でも稽古に入ると、意外と想定外なことが多かったそうですね。
最初はもっとピクニックのような気楽な気分で、はじめから10人くらいでワイワイと登る話にしようと思ってたんです。でも実際にエチュードをやってみると、自分の足で登らなきゃいけないわけだから、割と体力とか気力が必要なことがわかって。大人数で行くと20階ぐらいから不満が出始めて、それ以上みんな登らなくなっちゃったんです。なので最初のチームを編成しなおして、ビルに登る明確な目的を持ち、かつ勢いのあるチームに組み直しました。それで何とか40階ぐらいまでは登らせられたんですけど、またそこから動かなくなって(笑)。ビルを登るための動機を作り続けるのが、今回は一番苦労しました。
──ではそこから先に登らせた動機は、どうやって作りましたか?
もう逆に、いろんな動機を渡り歩く感じにしました。ゲートが開かない悔しさをバネにするとか、休んだから元気になって登るとか。様々な局面で、あるいは人それぞれで、何となくその時のモチベーションができるという。いつもなら…たとえば『ロベルトの操縦』ならココから逃げたいとか、『(月と)スイートスポット』なら過去の思い出に寄り添いたいとか、何か「不埒(ふらち)だけど共感できる」ってモノが、ズドーンと一本見つかるんですよ。でも今回は「なぜ登るのか?」ということに対して、一本筋の通った動機が、なかなか見つからなかったのが、正直なところです。だから「誰もが共感できる」とは、ならないかもしれないですね。
──しかもよく考えたら、いろいろ割に合わなさそうなビルですし。
その辺も結構危うかったです。ビルの側も何がしたいのか、っていう(笑)。つじつまとしてはだいぶ怪しいけど、その辺はあまり疑問を持たれないように、超速で見せて(笑)。まあギリギリ「(変わった趣向が好きな)シリコンバレーだからこういうこともあるんじゃない?」というワンワードで、何とか乗り切った感じです。
──西村さんと吉川さんが特設サイトの対談で話していたように、本当に働く男の話って感じの世界になりましたね。
僕のイメージですけど、30代の人たちの群像劇のコメディって、難しい気がするんですよ。40代くらいの中年の群像劇ってグズグズした感じで面白いし、20代の青春群像劇ってのも爽やかなんですけど、30代が群像になっているのって、結構圧が強くて、なかなか笑いの方に向かない気がして。でもここらで、真っ当に働く30代の男たちのコメディを、1つぐらいちゃんと作っておこうと思ってたんです。金丸君は20代だけど、いてもらうことで世代の違いみたいなのがでて、30代の群像をうまく対象化することもできましたし。それをちゃんとやれてよかったなあ、と思います。
──あと前作の『ポルカ』以上に、1つの仕掛けだけで劇を引っ張れたというのも大きいと思います。
そうですね。1つの仕掛けを成り立たせるのにキャストスタッフが全精力を注ぐという。美術や映像などのスタッフワークも含めた、チーム全体の力でお客さんを楽しませるってことは、すごくヨーロッパ企画ならではのことにしたいんです。僕は意外と歌舞伎って、そういうイメージがあるんですよ。舞台装置の人が「こんな仕掛けを思いついた」と言い出して、役者や作家もそれに乗っかって、一座の全員が一丸となって、面白い仕掛けを「どやっ!」ってお客さんに見せる…ってことだったのかなあと。
──確かに「これ、舞台の仕掛け先行だったんだろうなあ」と思える古典歌舞伎は、結構ありますねえ。
ですよね? 僕が裏方志向だからかもしれないけど、フラットな場所で役者の演技力をガンガン見せるというような劇よりは、役者の力と裏方の力が掛け算になって、ある出し物を見せるってことの方が好きなんです。そういうチームの底力を見せる劇は、劇団だからこそのことなので、すごく興味があります。
──ユニット公演ではこうはいかないんじゃないかと。
できないと思いますねえ。今回の劇では役者が裏方もやって、それが全体の総力になってますけど、そこまでのことってユニット公演ではなかなか求めづらいですから。そういう意味では、今回は自分がやりたいこと、観たいことがすごくたくさんできたという感じの劇ですね。少なくとも僕は、こういう劇は今まで観たことがないし、自分が観客だったら相当ワクワクすると思う。お客さんにも、同じように楽しんでもらえたら嬉しいです。